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第4回 "ドイツらしさ=世界基準" (坂本健二)

初めまして。
日独フットボール・アカデミーの坂本です。アカデミーでは、現場での指導を担当します。

まずは3月18日に行われたブンデスリーガ第25節、ケルン対ヘルタ・ベルリンの試合における、開始早々6分に炸裂した日本代表FW大迫選手の驚異的な先制点をご覧ください。



見て頂ければわかると思いますが、シュートにおける「思いっきりの良さ」をきっと感じられたことと思います。私は 1998年よりドイツに居たため、大迫選手の鹿島アントラーズ時代を知りませんが、おそらくこのシュート感覚、ゴール嗅覚はドイツへ来てから培った、ないしは磨かれたものだと想像します。
ちなみに大迫選手と一緒に並んで撮らせてもらった下の写真は、ブンデスリーガ2部TSV1860ミュンヘンでの最後の練習のときのものです。この後すぐ、彼はケルンへ移籍しました。

大迫選手と並んで、TSV1860ミュンヘンにて
話を戻して、ゴールしたシュートのタイミングは『えっ、もう打っちゃうの?』という感じではなかったでしょうか?それも試合開始から、まだたったの6分という時点でのシュートでした。
奇をてらって打ったことは確かですが、闇雲に打ったのか?というと、それは違います。大迫選手は周りの状況を把握し、きちんとした判断を下して、シュート実行の決断に至っています。相手選手が寄ってこない(プレッシャーがなかった)。ボールをもらった状況とゴールまでの距離からして、誰もが(相手GKも含め)まだ今打つこと予測していないであろう。そして、その時ゴールできるシュートコースを、突如デジャヴゥのようにはっきりと見た。だから、試した。

もちろんこのゴールが成立した構成要素には 、素晴らしいシュートを支える確かな技術(ボールはブレているようです)と十分な威力を持ったボールをゴールへと送り込む体力が存在しているのは確かです。
ドイツのテレビ放送で実況していたアナウンサーは、「ボールが濡れていたこともあるし、何よりGKが (簡単に取れると)少し見くびっていたかも知れません」と、このゴールについて説明を付け加えています。
しかしこのゴールが生まれたのは、ゴールできるチャンス、タイミングを逃さなかったゴールへの「嗅覚」、それを支える「判断力」こそが、大きな決め手だったのではないでしょうか。


話は少し脱線するようですが、私はドイツに16年間住んでいました。私がドイツで真っ先に驚いたのは、壮年チーム(O32)の練習へ参加したときのことでした。「32歳以上」という年齢カテゴリーでしたが、実際に練習へ参加していたのは40歳以上も多く、50歳代の選手も何人もいました。
ドリブルではよろよろしているくせに、シュートはピチッとインステップに当て、矢のようなボールがゴールへ飛んでいきます。体育館での練習だったため、ゴールはハンドボールのゴールでしたが、驚いたのはシュートされたボール全てがその枠内へ飛んでいたことでした。
また、何の迷いもなくシュートを打つ決断へ至っていることに、とても驚かされました。『シュートチャンスだ』と思ったら、全員(私を除いて!)が即行、しかも結構強いボールを蹴っていることにびっくりしました。

まだドイツへ渡る前の1994年、ミュンヘンに完成したばかりのシュポルトシューレ・オーバーハッヒング(スポーツ研修施設)を視察に行った際に、幸運なことに現地で「日本サッカーの父」デットマー・クラマーさんとバッタリと出くわしました。カラー(白黒ではなく)で、しかも動くクラマーさん(写真でしか見たことがなかった)を見ることが叶い、この異国の地での偶然の出会いには、痛く感動しました。二つ目の写真が、その時に写したものです。

デットマー・クラマーさんと並んで、シュポルトシューレ・オーバーハッヒングにて

丁度我々が訪れたときには、芝生のグラウンドで試合が行われていました。対戦していたのは、千葉から遠征に来ている小学生のチームと、宿泊を伴いシュポルトシューレで開催されている「サッカーキャンプ」に参加しているドイツの子供達で作った即席チームでした 。
グラウンド脇から試合を見つめるクラマーさんが、我々日本人指導者に向かって「今日本チームがボールを保持して攻めているけど、ここで仮に彼らが今攻めているゴールを選手たちに内緒で(後ろへ引きずるなどして)フィールドから取り除いてしまって(ゴールを隠してしまって)も、ボールを持っている日本人選手たちはそのことに誰も気付かず、このままボールを回し続けるよ。(目標である)ゴールがなくなったことに気づき、プレーを中断する日本人選手はいない」と言いました。かつてクラマーさんがメキシコオリンピックを目指す、日本代表チームを指導している頃から指摘されている、日本人選手の特徴、弱点についてでしたが、クラマーさんから直接耳にして『今も、まだ同じなのか』とがっかりしたのをよく覚えています。


2015年10月に帰国してから日本のサッカーを見ていて感じるのは、「何となくのプレーの連続。感覚でプレーしていて、判断要素や判断基準が存在せず、決断を下さないままのプレーがあまりにも多い」ということです。
ブログのタイトルを「ドイツらしさ=世界基準」としました。今回例として挙げた大迫選手のゴールを生んだ判断力と勇気、繰り返しになりますが大迫選手がドイツへ行ったからこそ、身につけられた能力ではないかと思います。そしてそれはインターナショナルな試合でも、当然ながら必要とされるものです。

日本代表の試合においても、大迫選手はそのブンデスリーガで研ぎ澄まされた判断能力を携えているからこそ、所属先のクラブであるケルン同様に活躍できているのだと思います。つまり大迫選手はドイツへ渡り、「ドイツらしさ」を習得しましたが、と同時に「世界基準」を手に入れたのです。
ドイツ代表は2014年W杯ブラジル大会で優勝していて、現時点での世界チャンピオンです。ドイツ代表が強いということは、ブンデスリーガで身に付けたことは、世界で通用すると言えます。言い替えれば「ブンデスリーガは、世界基準でプレーされている」とも表現できます。

当アカデミーで実施するブレーメンへの遠征でアカデミー生たちには、是非この「ドイツらしさ」と出会ってもらいたい。そして、「世界基準」を身につけ、国際感覚を持った選手になってもらいたいと、スタッフ一同願っています。
アカデミーでは、判断を伴ったプレーを行える選手たちを育てたいと考えています。大迫選手のように確固たる判断の下、素晴らしいシュートを放ち、ゴールを破ることができる選手たちになれるよう、日々の指導を行っていきたいと思っています。
いつの日か欧州チャンピオンズリーグの舞台に立つ、アカデミーの卒業生を夢見て。

追伸
 当アカデミーにご興味を持たれたら、4月8日(土)に練習体験会(参加費:無料)を実施しますので、是非ご参加ください。詳しくは、こちらをクリックしてご覧ください。

練習体験会概要
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第3回 ”ドイツ料理” (小谷泰介)

ドイツ料理写真1
皆さんはドイツの食事というと何を連想されますか?ソーセージ、ザワークラウト、アイスバイン等々、日本でもお馴染みのドイツ料理はいくつかありますねぇ。

お酒の好きな方はビール、それもさまざまな種類のビールを楽しめるのですが、私は殆ど酒を嗜まないので、ドイツ滞在中はドイツ料理を楽しみにしています。

彼らの主食は何といってもジャガイモで、茹でたり、焼いたりして日本人がお米を食べるようにじゃがいもを食べます。色々な料理の付け合せとして出てくるのが通常で、ちゃんとしたレストランでは付け合せのジャガイモの調理方法を注文出来るのが普通です。ドイツで食べるソーセージは本当に美味しく、どこに行ってもソーセージを焼く屋台を簡単に見つけることができます。その種類たるや1500種類もあるそうで、ゴッティンゲンのソーセージは16世紀後半には、イギリスやデンマーク、オランダといった隣国ばかりではなく、トルコやインドまで輸出されていたそうな。屋台では、コッペパンとフランスパンの間をとったような、成人男性の握り拳くらいの大きさのパンを割ってはさんで食べます。マスタードとケチャップはお好みでということになりますが、私はマスタードだけをつけて食べるのが好きです。

ソーセージの他にはチーズが有名で、マーケットを散策すると何十種類ものチーズを売っている店に出くわします。また、ホテルの朝食では何種類かのチーズを取り分けることができます。ゴーダ、チェダー、カマンベール、ゴルゴンゾーラと世界中のチーズを堪能できますが、ドイツを代表するチーズはステッペンチーズと言って、イタリア産のモッツァレラチーズの製法を真似て作られたそうですが、モッツァレラよりも酸味と塩気が強く、形もモッツァレラのような球状でなく四角いセミハードタイプです。

なお、ドイツ料理を食べさせるレストランに行くと様々な種類の料理を堪能することができますが、メインは何といっても肉、それもソーセージを筆頭に様々なタイプの豚肉料理ということになります。どれもボリュームたっぷりで、日本で提供されるひと皿の量の確実に2倍以上、時には3倍近くもあり、そこに付け合せのジャガイモがたっぷりと盛られていますから、ドイツ料理の店に行く時は、思い切りお腹を空かせてから出掛けてください。

ドイツ料理写真2

次回は、ブレーメンや北ドイツ地方で冬の寒い時期のみに食べられるグリュンクルという冬ほうれん草についてお話しさせて頂きます。

第2回“日独フットボール・アカデミー”の名称について

サッカーをこよなく愛する皆さん、こんにちは。
日独フットボール・アカデミーの西松です。

前回は、当アカデミーの設立理由や想いをお伝えしましたが第二回は名称の頭にある“日独”の由来について、
お話ししたいと思いますのでお付き合いください。

その由来は指導方法にあります。
今から約50年前の1968年にオリンピック・メキシコ大会で日本代表チームは銅メダルを獲得しました。
その原動力は、ドイツ人コーチであったデッドマール・クラマーさんの指導であり、今日の日本サッカーの礎となっています。

サッカー大国であるドイツは2014年ワールドカップ・ブラジル大会において優勝を成し遂げましたが
1990年イタリア大会優勝後から不振となり、2000年欧州選手権でのグループリーグ敗退をきっかけにして、
育成方法を見直しました。そして、10年をかけ、ドイツ全土において、育成プログラムを導入し、
2010年南アフリカ大会の3位、2014年の同優勝に結び付けました。
また、ドイツのプロリーグであるブンデスリーガには現在、数多くの日本人選手が所属しており、
ドイツのサッカーが日本人選手に馴染みやすいこと、日本人選手を高く評価していることから、
重要である指導方法はドイツの育成プログラムが適すると判断しました。

さらに当アカデミーは、ブンデスリーガの名門「SVヴェルダー・ブレーメン」と強固なパートナーシップで結ばれており、
優秀な日本人選手の獲得を目指す同クラブと、優秀な日本人選手の発掘、育成を目指す我々との目的・想いは合致しています。
これらのことが当アカデミーの名称に“日独”組み込んでいる由縁であり、私は日本とドイツの繋がり、謂わば「絆」を大切にして、当アカデミーが世界で活躍するプロサッカー選手を育てるための架け橋となることに全力を尽くします。

前回と今回のブログの締め括りとして、当アカデミーが世界で活躍するプロサッカー選手を育てるために行う
最初の取り組みについて、触れたいと思います。

6月の千葉校及び7月の神奈川校の開校に向けて、これから、2017年度小学3年生(U-9)~6年生(U-12)を対象にした
セレクションを行い、カテゴリー毎に20名を選抜していきます。
とても狭き門と思いますが、当アカデミーの校長として参画してもらうSVヴェルダー・ブレーメンのユースアカデミー・チーフスカウトであるフランク・オルデネヴィッツ氏(元ドイツ代表、SVヴェルダー・ブレーメン、1.FCケルン、ジェフユナイテッド市原等で活躍)及び関係者と一緒にしっかりと見極めたいと思います。
このセレクションは単に「選ぶ」ということではなく、子供達の将来に関わること、今後の日本のサッカーに関わることと捉え、
見極める当アカデミー関係者の責任は重大であると認識しなければなりません。
私は開校後もこのことを常に念頭に置き、情熱を持って、邁進したいと思います。

そして、合計80名のアカデミー生、保護者の方々と三位一体になり、世界一の原動力となったドイツの育成プログラムによって、
本場欧州の檜舞台である「欧州チャンピオンズリーグ」で活躍できる日本人選手の育成を目指します。

このことが「日本のサッカーを強くしたい!」という想いの実現に必ず繋がると信じています。
開校から数年後にジュニアユースやユース世代の日本代表として青いユニフォームを纏い、ピッチで躍動する選手、
海外でプロ契約を果たす選手を絶対に輩出するぞ!という信念を持って、頑張ります!!

次回をお楽しみに!

第1回“日独フットボール・アカデミー”の設立について

サッカーをこよなく愛する皆さん、こんにちは。
日独フットボール・アカデミーの西松と申します。

当ブログは、私を含む日独フットボール・アカデミーのスタッフが「日本のサッカーを強くしたい!」、「世界で活躍するプロサッカー選手を育てたい!」という観点で日本や海外のサッカーに関連する色々な想いや考え等を各々の捉え方で発信するものです。

例えば、当アカデミーで教えるプロのサッカー選手を目指すために必要な事、ドイツでの指導現場のトピックスや2018年ワールドカップ・ロシア大会出場を目指す日本代表とドイツ代表の戦術の比較等、様々な事を織り交ぜて書いていきますので、是非、ご意見等をお寄せください。

第一回は、何故“日独フットボール・アカデミー”を設立したのか?をお知らせしたいと思いますのでお付き合いください。

先ず、世界に目を向けたいと思います。
1998年に我が日本代表チームは初めてワールドカップ・フランス大会に出場を果たしました。「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれた日本vsイラン戦に日本中が沸き立ち、その嬉しさから涙した方々がたくさんいました。その後、2014年に行われたブラジル大会まで、日本代表チームはアジアの代表として、5大会連続で出場を続けていますがグループリーグの壁は高く、ブラジル大会では1引き分け2敗という厳しい結果でした。
また、Jリーグのクラブチームとしては、AFCチャンピオンズリーグにおいて、ラウンド16の壁に泣かされています。
一方、選手個人では、ドイツを中心として数多くの選手が海外移籍を果しておりますがレギュラーの座を掴んでいる選手は多くなく、フィジカル面やコミュニケーション面等の問題もあって、短期で日本に戻る選手も少なくありません。
これらの事象を見ると、日本のサッカーは、海外移籍した日本人選手は、世界で通用しないのか、と
心配になりますが皆さんはどう思われますか?

初めて日本代表がワールドカップに出場した約20年前と比べて、海外からの日本人選手への注目度は圧倒的に高くなり、日本人の気質から来る献身的な動きや秩序を守る姿勢、運動量等、海外の指導者も高い評価を示すようになりました。
その結果、海外クラブ関係者によるJリーグを中心とした試合へのスカウティングは活発となり、プロサッカー選手が海外を目指す機会が増えています。
しかし、移籍した日本人選手がベンチを温める様子を散見するのは、何故か?
この事が“日独フットボール・アカデミー”の設立に大きく関係しています。

海外で活躍できる日本人のプロサッカー選手を数多く輩出できれば、自ずと日本代表チームは強くなり、ワールドカップのグループリーグを突破し、AFCチャンピオンズリーグではJリーグのクラブチームがラウンド16を突破する事に繋がるはずです。
そのために、海外で活躍できる日本人のプロサッカー選手を数多く育てることが必要になります。
しかし、育成には時間がかかるので、できるだけ早期に、その環境と機会を用意し、子供の頃から参加してもらう仕組みを作らなければなりません。
そして、何よりも指導方法が重要となり、質の高い指導者と育成プログラムを備えていなければなりません。
ジュニアクラスを対象とした、これらを満たすサッカー・アカデミーは日本にはとても少ないため、その一助となるべく、“日独フットボール・アカデミー”を設立しました。
私は当アカデミーにて、世界で活躍するプロサッカー選手を育てたいと強く思っており、当方関係者をリードし、周囲の多くの方々と連携して、何が何でも推進するぞ!という気持ちで一杯です。

次回は、当アカデミーの名称にあります“日独”の由来について、お話ししたいと思いますので
お楽しみに!
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